つくばのれきし

1300年前ねんまえの歌うたから、未来都市みらいとしまで

menu_book万葉集まんようしゅうにうたわれた山やま

奈良時代ならじだいにできた日本にほん最古さいこの歌集かしゅう 「万葉集まんようしゅう」には、筑波山つくばさんをよんだ歌うたが 25首しゅものっています。これは富士山ふじさんより多おおい数かず。 1300年前ねんまえの人ひとたちにも愛あいされていた山やまなんです。

昔むかしは「歌垣うたがき」といって、男女だんじょが山やまにのぼって 歌うたをよみかわす行事ぎょうじがあったよ。筑波山つくばさんは恋こいの歌うたの聖地せいちだったんだ

account_balance1300年前ねんまえの役所やくしょのあと

筑波山つくばさんのふもとにある平沢官衙遺跡ひらさわかんがいせきは、 奈良なら・平安時代へいあんじだいの郡ぐんの役所やくしょのあと。 お米こめなどをおさめた大おおきな倉庫そうこが復元ふくげんされていて、 国くにの史跡しせきになっています。 広ひろい芝生しばふでのんびりするのも気持きもちいい場所ばしょです。

castle小田城おだじょうと戦国時代せんごくじだい

つくば市しの小田おだ地区ちくには、 鎌倉時代かまくらじだいから戦国時代せんごくじだいまで続つづいた 小田氏おだしのお城しろ「小田城おだじょう」がありました。 南北朝時代なんぼくちょうじだいには、北畠親房きたばたけちかふさという人ひとが この城しろで歴史書れきししょ「神皇正統記じんのうしょうとうき」を書かいたといわれています。 今いまは城しろあとが歴史れきし公園こうえんになっています。

theater_comedyがまの油売あぶらうりの口上こうじょう

「さあさあ、お立たち会あい……」江戸時代えどじだい、 筑波山つくばさんのきずぐすり「がまの油あぶら」を売うるための、 おもしろい口上こうじょう(セリフ)が生うまれました。 刀かたなで腕うでを切きってみせて、 がまの油あぶらをぬるとたちまち治なおる……という名演技めいえんぎ。 この口上こうじょうは今いまも保存会ほぞんかいの人ひとたちが受うけついでいます。

apartment田畑たはたの中なかに未来都市みらいとしができた

1963年ねん、国くには田畑たはたと林はやしがひろがるこの土地とちに、 日本中にほんじゅうの研究所けんきゅうじょをあつめた 「研究学園都市けんきゅうがくえんとし」を作つくることを決きめました。 1973年ねんには筑波大学つくばだいがくが開学かいがく。 1985年ねんには科学万博かがくばんぱくがひらかれ、約やく2000万人まんにんが来場らいじょうしました。

  • 1963年ねん:研究学園都市けんきゅうがくえんとしの建設けんせつが決定けってい
  • 1973年ねん:筑波大学つくばだいがく開学かいがく
  • 1985年ねん:科学万博かがくばんぱく開催かいさい
  • 1987年ねん:つくば市し誕生たんじょう。同おなじ年としに筑波鉄道つくばてつどうが廃線はいせんに
  • 2005年ねん:つくばエクスプレス開業かいぎょう
廃線はいせんになった筑波鉄道つくばてつどうの線路せんろあとは、 サイクリングロード「りんりんロード」に生うまれ変かわったよ
筑波山とリンリンロード
「筑波山写真(リンリンロード)」